久々にスポーツクラブ
ず~と会員になったまま行く気分にならないというすごい贅沢な使い方してます^^;
最近は仕事も定時上がりだし、これといって納期の差し迫った案件もなく、家に帰ってゲームするのも
だいぶ飽きがきているというどうしようも無い状態なので、ここは心機一転スポーツだ!となかば北京五輪に感化されたミーハーのように行ってまいりました。。。
無理はしちゃいかん、と思いながらもスイミング。
元スイマーとして、、、って何年前の話だ?という具合なので泳いでしまうわけです。それなりに。
そりゃ北島康介選手を見た後だもの。フェルプスの8冠を見た後だもの。
ビート板でバタ足してて足つりそうになったのは何十年ぶりなんでしょうか・・・
結果現在、肩が上がらん。脇腹痛い。
明日(というか今日)起きたら立ち上がれるんだろうか・・・
ちょっとだけ毎週2~3回通ってみようかな・・という気分になってますw
たぶん来週で(;´ρ`) グッタリ だと思いますが・・・
ちなみに今日の泳いだ距離=たった600m・・・俺乙。
映画:300<スリーハンドレッド>
300〈スリーハンドレッド〉
販売元:ワーナー・ホーム・ビデオ( 2008-07-09 )
定価:¥ 1,500
時間:117 分
1 枚組 ( DVD )
ASIN : B001ALQXEK
JAN コード : 4988135599742
最近DVDレンタルを滞らせていたので、しばらく見たかった映画が貯まってました・・・
今日の作品は300<スリーハンドレッド>。
原作はは米国コミック界の巨匠フランク・ミュラーのコミック。
SinCityでその映画描写の新しさと米国コミック独特のダークなイメージにハマったワタシは本作においてもまた朝まで起きたまま見てしまいました^^;
300人の精鋭で成り立つスパルタ軍と30万のペルシャ軍で戦う【テルモピュライの戦い】を、フランク・ミュラー独特のブラックコミックそのままにCGを駆使して映像化した本作は、そんなもんありえねーだろ!と突っ込みどころも満載ですが、淡々と物語が進んで玉砕していくスパルタ軍を見ているうちに引き込まれていきます。
うーん、ゲームのやりすぎか、大規模商団を襲う少数な盗賊の気分・・・w
どっちが正義とか悪とかそんなの関係なく、ゲームの世界のような世界観がおもしろいです。
情報を共有するって・・・
企業の情報システム部門ではよく『チームでの情報共有』だとか『ナレッジの蓄積』なんてのが
よく言われるわけですが、まぁそう簡単にできるものではありません。
障害履歴管理なんてのは最たるもので、【記録は残さねばならぬ。】という使命感のみで、書くことに
一生懸命になっていて、いざ見返そうにも何を?がはっきりしてないものだから2度見返すこともなく
ただログとして残っているものになりがちです。
これは実は、
・障害があったときに、過去の事例から即座に解決するため。
・開発時に留意しなければいけない点を見出すため。
・障害をカテゴライズし、分析することによって真因をつきとめ、これから起こりえる障害を未然に防ぐため。
などという目的があったはずであって、残すのが役割ではなく、使うことが役割であったはずなのです。
こう考えると、【使うために残す】のであって、使い方を決めずに残すのであれば、それはナンセンスという
ことになるのです。
では、使うためにどう残すか?使い方はどういうシーンで使うのかを想定できなければ決まりません。
キーワード検索をする、と仮定すれば、キーワードを必然的に入れなければならないはずで、ではその
キーとなるワードは何なのか?と深堀する必要があります。
障害時に困るのは、プログラム用語で出る英語のエラーログだったり、状況証拠だったりと、ドライな事実のみであって
解決の糸口が掴めないときに使う、と仮説を立てれば、ログは転記もしくは添付する、現象を書く欄を作るなど
フォーマットの作成が発生します。
すなわち、情報を後で使うために残すのであれば、後で使うシーンを考え、先にフォーマットを仮決定しておく。
使うという行為を自分の日々のオペレーションの中に(なかば強制的に)スケジュールする。クセをつける。
常にフォーマットの議論をする。フォーマットの改善活動を行う。
これができなければ、ナレッジの蓄積なんてことは無用の長物です。
行為の意味、なんてことを一々考えながら行動するなんてのは、実はすごく( ゚Д゚)マンドクセー。
人間だもの。一定の作業の方が楽だもの。
そもそも人間は怠けるようにできている。これは疑いの無い事実です。でなければシステムがこれほど充実することもなく、技術の発展なんてのは全く必要無いわけで…
だからフォーマットを共通化する。単調なワークに見えて、実は後でも使えるように仕向ける。
作業に落とすところまでしてあげる。単純に【管理】なんて言葉で片付けては人それぞれバラバラなフォーマットの中で、同じ情報・状況を共有できるはずもなく、自然と無駄に情報だけが寂しく残る。
残ってないよりマシだから残そう、ってのは非常にネガティブで、下のレベルと比べて優越感に浸っているだけ。
より上のレベルに挑戦するために、活かして用とすることに意味があるのだと認識すれば、残すだけのワークには
絶対なりえないのです。
【情報を共有する意味】、をぐぐって見れば、一番に出るのはこれ。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1018005905
これがベストアンサーに選ばれるyahoo知恵袋って・・・
有効に活用するってどう使うんだ?と次の疑問が出ませんか・・・
・個人に仕事が依存してしまうのを防ぎ、誰でもできるようにする→労働の分散化→業務効率が上がる
だから個々人の持ってる情報をフォーマット化して誰でも見れる環境を作る必要がある。
個々人にはそこに記録することを義務づける。その情報を使えば自分も隣の人と同じ仕事ができるか?という視点で。
今の世の中は、もっと噛み砕いて作業ベースに落とさない限り、有効性は語れない。
なぜなら、変化のスピードがおどろくほど速くなっているのだから、昔ながらの方法論では通用しない。
有効性が分かっている人が、作業ベースに落としていき、スピード感は保って使うことに意識をシフトさせることが
もっとも重要なことなのです。
読書:ゴールデンスランバー
最近は急に涼しくなって、オンラインゲームも飽きてきて、サーバいじりもそこそこになって、何だか本を読む習性がつきました。何故だろう?
ゴールデンスランバー
著者/訳者:伊坂 幸太郎
出版社:新潮社( 2007-11-29 )
定価:¥ 1,680
ハードカバー
ISBN-10 : 4104596035
ISBN-13 : 9784104596034
表題の本、実家の父が貸してくれた本です^^;
これはおもしろかった。寝る前に読んでたんだけど、朝まで一気に読んでしまった。
実は6年ほど前に仙台に2年ほど住んでいたんですが、本の舞台も仙台駅周辺。
巧妙に仕組まれた罠によって首相暗殺の犯人に仕立て上げられてしまった主人公が、大脱走劇を繰り広げるという、和製JFKとプリズンブレイクが合わさったような内容です^^;
あと、ストーリー展開が24も合わさってるかな。同時進行で場面が変わるあたりが。キャラの強い登場人物も多いし。
海外ドラマ好きのワタシとしてはのめり込める内容でした。
舞台が舞台だけにより実感のあるストーリーモノで、最近では久々のヒットですw
ただこれ、ハードカバーなのよね…出張時に持ってくのが苦労する。そして寝ながら読めない(笑)
生と死を身近に感じる日
ちと表題は重く感じるものがありますが、本人は至って普通です。ご心配なく。
世間で言うところの【お盆】にあたる日々ですが、近年珍しくお休みを頂いております。
まあ、これといってどこか遠出するわけでもなく、嫁実家に帰る前にお墓参りをしてきただけなのですが、墓前で手を合わせるというのも【日々の忙しなさからの開放】なわけで・・・
墓地は共同の霊園で、ずいぶんエリアが拡大していました。場所を見つけるのも一苦労。
真新しいお墓が所狭しと並んで、複数の小さな石墓の並んだ集合墓地のようなものもあり、ちょっと世俗と離れた場所で思うこともあったわけです。
嫁実家では、認知症も進み足腰の弱くなった祖母がいるのですが、介護の難しさは本当に厳しいですね。
食事も自分で取るし、寝たきりでないのがまだ救いとはいえ、人間の心理ってのは難しいもんです。
義父、義母ともだいぶ疲れているように見えましたが、こちらはたまに顔を出すくらいしかできないもんで、介護を日常とする人々との会話も難しい。
まあ、結果的にはお酒を呑んでオリンピック見て騒いでただけですが(笑)
あと何十年かして、日常に生と死を感じる日々が来た時、自分はどう考え、どう行動するんだろうか?
100mの世界新をTVで見ながらちょっと考えさせられる一日でした。


